池坊専宗(いけのぼうせんしゅう)さんは、華道家元池坊の次期家元である池坊専好さんの長男です。

つまり、将来的に池坊専宗さんは華道家元池坊47代目を引き継ぐことになります。

そんな華道の将来を担う池坊専宗さんはちょっと変わった学歴を持っています。

そこで今回は、池坊専宗さんの出身高校や中学と小学校、そして大学についてまとめました。

この記事でわかること

池坊専宗の出身高校は?

池坊専宗の出身中学と出身小学校も!

池坊専宗は東大卒だが慶應退学の理由とは?

池坊専宗のwikiプロフィール

池坊専宗さんの家系図
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池坊専宗の出身高校は?

池坊専宗 画像

池坊専宗さんの出身高校は京都教育大学附属高等学校です。

京都教育大学附属高等学校卒業後,慶應大学理工学部入学。その後東京大学法学部入学。

引用元:植物の命と交わるということ|華道家、写真家 池坊専宗 – Nippon Collection

このように、インタビュー記事で池坊専宗さんの学歴が紹介されています。

京都教育大学附属高等学校は偏差値69の難関国立高校で、毎年多くの生徒が有名大学に進学する進学校なんです。

例えば、京都大学や慶應大学など難関大学への進学者が多い学校なんです。

このことから、池坊専宗さんの学力は非常に高いことがわかり、実際トップクラスの成績でした。

京都教育大学附属高等学校は、国立大学法人京都教育大学が運営する国立高校で、京阪「墨染」駅から近くに位置しています。

この高校は、華道家元池坊との結びつきが非常に強く、学校全体で池坊のいけばな教育に力を入れています。

特に、池坊主催の高校生いけばなコンテスト「Ikenobo 花の甲子園」では常連校として活躍し、近畿大会で上位入賞するなど、高い実績を誇っています。

このように、池坊の教えや流儀を取り入れた華道教育に力を入れていることが伺えますね。

高校時代のエピソード

池坊専宗さんは高校時代、数学が大好きでした。

大学では数学者を目指して理工学部に進学したほど熱中されていました。

現在の華道とあまり結びつかず、意外に感じますよね。

高校時代は野球部だった

池坊専宗 画像

池坊専宗さんは高校時代野球部でした。

表立った実績はなく、実力がどれほどのものかはわかりません。

ですが、野球の経験が活き、埼玉西武ライオンズの始球式を務めたことがあります




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池坊専宗の出身中学は京都教育大学附属中学校?

池坊専宗さんは出身中学を公表していません。

候補としては、京都教育大付属中学校、下鴨中学校や近衛中学校があります。

まず、池坊専宗さんは京都教育大学附属高等学校に通っていたので、可能性が一番あるのは京都教育大付属中学校ですね。

京都教育大学では、附属学校園として、幼稚園、小学校、中学校、高等学校があります。

附属中学校は

  1. 附属桃山中学校
  2. 附属京都小中学校

の2つあります。

一方で中学時代は野球に夢中だったという池坊専宗さん。

学校から帰るとすぐに鴨川の河川敷で練習していたとインタビューで答えていました。

中学生になると世界が広がるじゃないですか。中学生の途中から鴨川の河川敷での野球にハマってしまって。家ではお稽古の先生が待っているんですが、ぼくは学校から帰ると、野球ボールとバットを持って河川敷に直接遊びに行ってしまう。先生は「まあそんな年頃ですよ」といった感じで大目に見てくれましたが、母がカンカンに怒っていましたね(笑)

引用元:華道を通して植物のいのちと向き合い、自分自身を見つめる。~いけばなの根源 華道家元池坊 池坊専宗さん これが私の生きる道~|ALKOTTO

附属桃山中学校と附属京都小中学校はどちらも鴨川沿いに位置するので絞ることは難しいですね。

もし練習場所が河川敷グランドだとすると、そこから近い下鴨中学校や近衛中学校の可能性もありますね。

京都教育大学附属高等学校に通われていたのは間違いないので、やはり京都教育大付属中学校であった可能性が一番高いですね。

中学時代に華道の稽古を始めた

池坊専宗さんが華道の稽古を始めたのは中学生の時でした。

自宅の和室を使って、毎週お稽古をされていたんだとか。

ですが野球が大好きだった池坊専宗さんはそっちに夢中になってしまったんですね。

稽古の先生が家で待っていても、家に帰るとすぐに野球ボールとバットを持って鴨川の河川敷へ練習へ向かいました。

それに対し母親の池坊専好さんはご立腹だったんだそうです。

今や華道のプリンスである池坊専宗さんですが、微笑ましいエピソードもあり親近感が湧きますね。

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池坊専宗の出身小学校はノートルダム学院小学校?

池坊専宗さんの出身小学校は京都教育大付属小学校かノートルダム学院小学校である可能性があると言われています。

高校が京都教育大学附属高等学校だったため、同じく付属小学校に通っていたのではと言われています。

付属小学校も2つあり、

  1. 附属桃山小学校
  2. 附属京都小中学校

が考えられます。

一方、ノートルダム学院小学校が出身校だと言われている理由は、叔母の池坊美佳さんと母親の池坊専好さんの出身校だからです。

池坊専宗さんの家柄を考えると、親子代々でノートルダム学院小学校に通われていた可能性もありますね。

小学校時代のエピソード

小学3年生の時、担任の先生が書いてくれた言葉が今も道しるべになっているそうです。

その言葉が、

「雨垂れ石を穿つ」

です。

小さなことでも根気よく続ければ、最後には大きな成果を上げられるという意味です。

インタビューでも、コツコツ続けていくことで5年後、10年後に形になると話していました。

幼少期のエピソード

池坊専宗 顔画像

池坊専宗さんが初めて花に触れたのは幼稚園くらいのことでした。

六角堂はとても由緒ある場所ですが、池坊専宗さんにとっては遊び場でした。

六角堂の境内や池坊のビルは特別な場所ではなく日常の場所だったんです。

だからなのか、花にも気づくと触れていたんだそうです。

家業を強く意識することはなく、両親が生け花を強制することもありませんでした。

「やりたいことをその時にやりなさい」とのびのび育ててくれたそうです。

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池坊専宗は東大卒だが慶應退学の理由とは?

実は池坊専宗さんは慶応大入学後に理系から【文転】し、東大法学部を卒業しているんです。

池坊専宗さんは高校卒業後、慶應大学理工学部に進学したものの、東京大学法学部に再入学しました。

池坊専宗さんは高校時代から数学が得意で、数学者を目指して慶應大学理工学部に進学しました。

ですが、大学で学ぶ数学が思っていたものと違い、難しさに直面したことが【文転】の理由なんだとか。

ここでびっくりなのが法学部を選んだ理由です。

なんと、

なんとなくですね(笑)。

と、インタビューで答えているんです。

普通に合格するだけでも難しい東大の法学部をなんとなくで受験し合格してしまうなんて凄すぎです。

法学は人間を見つめる学問で、池坊専宗さんにすごくマッチしていたと話されていました。

実際の授業では、判例や法律を通して決して完璧ではない人間の存在を見つめていくのが面白かったそうです。

東大には後期試験で入学。

科目は小論文、数学と理科と英語で、中でも数学が一番手ごたえがあり合格しました。

そして東大卒業時には成績優秀として「卓越」を受賞。

官僚や弁護士の選択肢もある中で池坊専宗さんが選んだ道は家業の生け花でした。




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池坊専宗のwikiプロフィール

名前 池坊専宗(いけのぼう せんしゅう)
生年月日 1992年1月20日
年齢 33歳(2025年12月現在)
出身地 京都市
職業 華道家・写真家
趣味 野球観戦(巨人ファン)
ジム
ボクシング
断捨離
好きな食べ物 和菓子
家族構成 祖父・池坊専永(45代家元)、母・池坊専好(46代家元)、父・池坊雅史(元大蔵省官僚)

池坊専宗さんは、華道家元池坊の45世家元・池坊専永さんの孫であり、母親は次期家元の池坊専好さんという華麗な家系に生まれました。

一方で写真家としての顔も。

写真は生け花の哲学と大きく関係しているそうで、最初は枯れていってしまう生け花を記録するために写真を撮り始めたそうです。

まとめ

出身小学校 附属京都小中学校/附属桃山小学校 または ノートルダム学院小学校(推定)
出身中学校 京都教育大学附属中学校(推定)
出身高校 京都教育大学附属高等学校 (偏差値69)
大学 (1) 慶應義塾大学 理工学部
大学 (2) 東京大学 法学部 卒業

由緒ある華道家元に生まれながら、高校で理系・野球、大学でまさかの東大法学部へ転向という異色のキャリアが魅力的です。

「雨垂れ石を穿つ」を道しるべに、難関を突破する学力と、家業に戻る柔軟な発想力はまさに次世代のリーダーの素質を感じます。

伝統と革新を担う華道家・写真家としての今後の多岐にわたる活躍に期待が高まります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。