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藤青雲の経歴と学歴!出身大学と高校は?wikiプロフまとめ!

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新十両に昇進した力士の藤青雲さん。

大学卒業後に一般企業に就職し、脱サラしてプロに転向したという異色の経歴の持ち主なんです。

今回は、藤青雲さんの経歴と学歴やwikiプロフィールについてまとめました。

この記事でわかること

藤青雲の経歴

藤青雲の学歴

藤青雲のwikiプロフィール

藤青雲の経歴

藤青雲 画像

夏場所で新十両への昇進が決まった藤青雲さん。

藤青雲さんは小学1年生の時に地元にある中村相撲道場で相撲を始めました。

大学卒業後すぐに大相撲の世界へ入ったわけではなく、一度一般企業へ就職します。

藤青雲さんの経歴について詳しく見ていきましょう。

2020年:凸版印刷に入社

藤青雲さんは大学を卒業した2020年春に実業団力士の強豪・凸版印刷に就職し、相撲部に所属します。

凸版印刷相撲部は1954年創部の伝統ある強豪実業団です。

全日本実業団選手権は昭和34年の第一回大会より参加し、51回を数える大会にすべて出場。

団体優勝1回、準優勝3回、第3位3回を経験しています。

会社名 凸版印刷株式会社
本社 東京都千代田区神田和泉町一番地
会社設立 明治三十三年(1900年)
従業員数 約12,000名

藤青雲さんの勤務先は埼玉県内の工場でした。

作業員として働くかたわら相撲に打ち込みます。

しかしこの年はコロナ禍で社会人の大会が一度も開催されず、稽古もほとんどできない状況だったのです。

このまま会社を続けても相撲ができないら、思い切ってプロの道を進もうと思いたち脱サラします。

2021年:脱サラして大相撲へ

藤青雲さんは9ヵ月で凸版印刷の退社を決意します。

「仕事をしたまま後悔するより、夢を追いかけて関取になれたのでよかった」

引用:スポニチ

新十両昇進が決まった藤青雲さんはそう当時を振り返りました。

大相撲への道を進もうと決心した藤青雲さんが入門したのは、元大関・武双山さんが師匠の藤島部屋でした。

そして2021年3月場所で初土俵を踏みます。

2023年:新十両昇進

2023年3月29日、5月場所の新十両昇進が決定しました。

「(山分)親方をしたって藤島部屋に入ってよかった。

関取の自覚を持っていきたい。少しずつ手本になれるような力士になっていきたい。稽古して体も大きくして準備していきたい」

引用:日刊スポーツ

と意気込みを語ってくれました。

十両で対戦したい力士を問われると「貴健斗関や正代関」と同じ熊本県出身の関取を挙げました。

幕内である正代関の名前を挙げるなど、幕内昇進にも意欲をみせてくれました。

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藤青雲の学歴|出身大学と高校は?

藤青雲さんの本名は東 龍輝(ひがし たつき)さんです。

藤青雲さんの学歴をリサーチすると、高学歴なことがわかりました。

それでは、藤青雲さんの学歴を詳しく見ていきましょう。

出身大学は明治大学

明治大学 画像

2020年政治経済学部卒、体育会相撲部出身

引用:明治大学HP

明治大学の広報ニュースに取り上げられていました。

政治経済学部の偏差値は60.0~62.5です。

学校名 明治大学
所在地 〒101-8301 東京都千代田区神田駿河台1丁目1
公式サイトHP 明治大学の公式HPはコチラ
著名な卒業生 小出朗さん(フリーアナウンサー)

明治大学では体育会相撲部に所属し、徐々に頭角を現します。

藤青雲 画像

藤青雲さんは1年生の時に東日本学生個人体重別選手権でベスト8に入賞します。

3年生より体育会相撲部でチームの主力として活躍し、4年生の時には国体で個人ベスト32入りを果たしました。

学業の面では得意な科目はなく、目標とする力士は千代の富士ですとインタビューに答えていました。

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出身高校は文徳高校

文徳高校 画像
学校名 文徳高等学校
所在地 熊本県 熊本市西区 池田4-22-2
最寄駅 JR鹿児島本線(博多~八代) 崇城大学前
公式サイトHP 文徳高等学校の公式HPはコチラ
著名な卒業生 漫画家の村枝賢一

文徳高校は熊本県熊本市にある私立高校で、偏差値は45~62です。

高校時代、藤青雲さんは相撲部に所属します。

文徳高校は進学校ですが部活動も盛んで、相撲部は大会出場などの実績がありました。

しかし、藤青雲さんは高校時代は無名でした。

藤青雲のwikiプロフまとめ!

名前 藤青雲 龍輝(ふじせいうん たつき)
本名 東 龍輝(ひがし たつき)
生年月日 1997年12月5日
年齢 26歳(2024年4月現在)
出身地 熊本県熊本市西区
身長 181.0cm
体重 138.7kg
血液型 A型
職業 力士

大学卒業後も実業団力士として活躍していたが、コロナウイルス感染拡大の影響で、社会人の相撲大会がまったく開催されず稽古もほとんどできなかった。

このまま相撲ができないなら、脱サラして憧れの道を歩もうと一念発起し、一般企業を辞めプロに転身。

同じ明治大出身で、部屋付きの山分親方(元幕内・武雄山)がいた藤島部屋に入門を決める。

2021年3月場所で初土俵。

5月場所での取り組みが楽しみですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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